夫たちの理想とする美人妻サラ?

おもしろ聖書エッセイ!For Women

バイブル中の美しい女性達のドラマがコミカルなエッセイに!

夫たちの理想とする美人妻?

荒野にて天幕

夫たちが理想とするのは、どんな妻でしょう? 「人それぞれですよ。」と答えれば、その通りですからそれで終了です。また、妻が夫から・・・良し、とされて愛されていれば何も考えることもないでしょう。

しかし、話をおもしろくするために、そして参考になれば、と言う事で取り上げたのが「サラ」です。

それは大昔の理想ですからね。昔の人間の理想は「今」に当てはまらないと思われるかもしれません。ところが、どんなに科学や文明が発達してきても「人間の基本的本質」は変わらないようなのです。

例えば既婚者であれば・・夫も妻も互いに望むものが古来から同じなのにはただ驚かされます。夫はその男性ホルモンの影響により、リーダーシップを執り、出来れば『夫唱婦随』を求めるようですしね。

まあ、最近はこの点で女性の社会的立場の向上と共に大きな変化が見られてきました。それに、若い男性諸君は草食系とか呼ばれていることからして、穏やかになってきているようですね。ですから、そうそう自分の意思を通せなくなっている夫たちもいますが・・。しかし、基本的にはこの本質は変わらないので、妻として念頭におくのは御得というものでしょう。その方が賢明ですね。

さて、この男性の構造上から発生する本質的な理想を満たしていると思われる女性こそが聖書中に登場するサラです。あの有名なアブラハムの妻サラ(意味は王妃)のことです。

このサラ、改名前はサライ「争いを好む」という名でした。理想の妻ですが、この意味から察するに、ただ夫の支配的な言動に依存して盲従していただけではないだろうと考えていますが・・・。でも、同じ女性の立場から彼女の人生を考えてみますね。

10歳ほど年上の異母兄の妻となった彼女は、確かにかなりの年齢になってから大きな決意を要する夫の指示に従っています。それは、便利で住み慣れた都市から荒野なのか砂漠なのかも予測できないような場所へ移住する、というものでした。現代に見る(日本で言うならば)大都会から出て「自給自足の田舎暮らし」でした。しかも家はテントですからキャンプ暮らしですよ。

彼女は夫の決定が、神からの要求である事は知っていたとはいえ、内心かなりの抵抗があったと思われるのは、同じ女性としての私の想像です。物質的に豊かであっても、家事を果たす女性にとっては、よほど田舎が好きでなければ、現実的に重荷ですものね。でも、彼女は親族と共に夫についていきます。まさに『夫唱婦随』です。これが、夫たちから見て、理想の彼女の姿勢なのかもしれません。

しかも、サラには「夫の愛情」を疑いたくなるような出来事も、度々起きてくるのです。移住先の王などから観察されても、美しかったサラは目立ったのでしょう。かなりの高齢でしたが、王の家に召しいれられ侵されそうになります。結局は神の介入で助かるのですが、人妻のサラがなぜでしょう?

それは夫アブラハムが自分の命を守るためにサラのことを「妻ではなく妹である」と述べているからです。確かに、異母妹でしたから嘘ではありませんでしたが、半分は嘘ですね。しかし、当時は、こうでもしなければ夫自身の命は保証されてはいませんでした。しかし、このような事が二度もあったら、あなたならどう思いますか?自分の命惜しさに妻を犠牲にする夫を、信頼できますか?どんな深い事情があるにしても、自分優先の夫を好きでいられますか?

夫アブラハムは信仰の人であったことに、サラにも異論はなく、むしろ、模範とすべき「主」だったのです。しかし、あくまでも、妻側の立場からだけ言えばですが・・・アブラハムに、神への信仰があるなら、妻を救うために「妻」と言明しても、自らの命は助かると信仰を示せなかったのでしょうかね。神は、寛容な方だから、その辺は、彼に任せたのかも知れませんね。いずれにしても、彼が信仰の篤い人であったことには、まったく間違いはありませんよ。彼には、自らの子孫をつくり、守るという神に選ばれた人間としての特別に壮大な務めがあったわけですしね。ただ、妻の立場からの夫としては、ちょっと残念に思えてしまう・・・それだけです。

それにしても、不思議極まりないことには、当時の社会的な背景と女性の立場が弱かったからとはいえ、サラは、そんな夫について腹を立てることもなく協力するのです。本心は分かりませんがね。しかし、なぜそのようにして、女性としては最大の辱めである夫の指示に従容出来たのでしょうか?

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